写真はイメージです

約13万人の精神障害者が精神病院に非同意入院しています

精神病は誰でも発病しうるものです。そんな精神病について日本では、治療の名目で本来であれば不必要な入院が未だ多くなされています。精神保健福祉法は、次の入院制度を定めています。

1任意入院(20条)本人の同意に基づくもの
2措置入院/緊急措置入院(29条/29条の2)入院させなければ精神疾患により自傷他害のおそれがあると精神保健指定医2人が判断した場合都道府県知事が行うもの(緊急措置入院は、精神保健指定医1人の判断に基づき都道府県知事が行い72時間を限度とする
3医療保護入院(33条)精神保健指定医等の判断と家族等の同意により行われるもの
4応急入院(33条の7)本人や家族などの同意を得られず、精神保健指定医等の判断に基づき72時間を限度に行うもの
(要件について簡略化しています。)

現在、全国の精神科病院の在院患者数は、272,096人です。そして、全国の病床数は315,068であり、そのうち約7割は、終日、病棟を自由に出入りすることができないものです(終日閉鎖の病床数は219,270)。また、強制入院である措置入院と医療保護入院の患者数は129,014 人に上ります(以上の数値につき、令和元年度精神保健福祉資料)。強制入院は、移動の自由を奪うことをはじめ、場合によっては身体拘束を行うなど重い人権制約を伴うことがあります。また、自分が同意して入院する任意入院であっても病院等との関係で退院が事実上困難であり長期の入院を強いられる方も多くいます。そして、数十年もの入院を強いられる方も少なくありません(例えば、2018年NHK「ETV特集 長すぎた入院」では約40年にわたり入院生活を強いられた男性の例が紹介されていました)。

世界に目を向けると日本の精神病床割合は、他国と比べて突出して大きいです。下のグラフは2019年の世界各国における1,000人当たりの精神病床数割合を比較したものです。日本は1,000人当たり2.61とこれに続くベルギー(1,000人当たり1.41)の2倍近い数値です。そして、この状態が長い間続いています。このような現状は、後述する問題を含め様々な問題が複合的に作用している結果です。

OECD Date(https://data.oecd.org/healtheqt/hospital-beds.htm)から作成

本当に必要な人権制約なのか考える必要がある

人権を制約する場合、その制約が本当に必要であるか考えることが重要です。例えば、故意であっても精神疾患が一つの原因であっても、他人に対して暴力を振るう人がいる場合、暴力を抑止するために力を加える必要がありますが、その力は過分なものであってはなりません。精神科医療における入院については、ち密な必要性判断を追求する余地が未だ大きいことが課題です。

刑事手続の場合、刑罰として人の意に反する拘禁を行う判断は必ず裁判所が行います。そこでは検察官が証拠をそろえ、弁護人が拘禁される人の権利擁護に努め、裁判所は身体拘束について被告人の行為に照らし比例性を重視した判断を行います。しかし、例えば措置入院開始の判断は、裁判所ではなく行政が行います。そして、その運用における必要性・比例性の判断にも大きな課題があることは次に見る例からも明らかです

入院開始の要件が広範すぎること、そして精神障害者への差別であること

措置入院は、精神保健指定医の判断に基づき「精神障害による自傷他害のおそれ」が認められることが入院開始の一要件です。しかし、この要件は極めて広範な解釈・運用がなされており、実際の運用では、故意・過失を問わず、「他害」には他人の財物を汚損する場合も含まれています。例えば、Aさんは、体調不良により宿泊中のホテルのベッドを汚損したことがきっかけで約3か月間の措置入院となりました。Aさんは汚損について被害弁償する意思があり、その経済力もありました。Aさんの精神病の症状に応じた適切な対応を行う制度の存否という問題もありますが、この点を含めても本件の強制入院は、精神疾患を持つAさんに対する差別です。なぜなら、Aさんは仮に精神疾患がなければ閉鎖病棟に入院させられることもなく、汚損したベッドの被害弁償を行うだけで済んだはずだからです。日本の刑法上、器物損壊罪は故意犯のみ成立するため、過失で他人の物を汚損したときは民事の損害賠償としてお金を支払うなどします。しかし、他人の物を汚した人が精神疾患を持った人だと、措置入院の要件を充たすものとしてAさんのように入院を強いられることがあるのです。Aさんの強制入院は国連恣意的拘禁作業部会からも自由権規約を始めとする国際法違反の恣意的拘禁だと指摘されました(A/HRC/WGAD/2018/70)。

人権制約理由の提示を求めていないこと

重い人権制約を伴う強制入院ですが、これを定める精神保健福祉法はある人の強制入院を開始する場合、入院の理由をその人に示すことを求めていません。本人や弁護士等の代理人がカルテ開示請求をしても、入院を強いる理由について記載された部分が黒塗りになって出てくることが多いです。これでは、本人も代理人弁護士もその人がなぜ強制入院となったのか正確に理解することができません。これは、自分が入院を強いられる理由を知る権利が保障されていないことを意味します。行政が国民の人権を制約する場合、理由の提示を徹底することは、人権制約を伴う制度の恣意的な運用を抑制する効果があります。また、人権制約を受ける者の防御の機会を確保するためには必須です。

人権制約から免れる実効的手段が乏しいこと

強制入院の開始が裁判所の判断を経ることなく、行政の判断に基づくという点も問題ですが、退院するために利用できる不服申し立て制度の実効性が乏しいという点も大きな問題です。その一例が各都道府県に設置されている精神医療審査会による審査です。精神医療審査会は、精神保健指定医や弁護士等から構成されています。そして、本人や代理人による退院請求等を検討し、これに基づいて退院の可否等が判断されます。2018年4月から2019年3月の1年間で全国の精神医療審査会が審査を完了した退院請求の数は2551件でした。そのうち、退院が適当であると判断したものは僅か2.0%、そして「引き続き現在の形態での入院が適当である」が91.8%、「他の入院形態への移行が適当である」が3.3%という割合でした(令和元年度精神保健福祉資料)。精神医療審査会の判断は、退院を認める割合や処遇不適当とする判断の割合がとても低く、広範な要件の下、司法機関の判断を経ずに開始された入院を追認する部分が大きいと言えます。拷問禁止委員会が、拘束手続に対する司法による効果的かつ徹底した監督を確保するための必要なあらゆる対応をとるべきだと繰り返し勧告してきたことを我々はそろそろ真剣に考える必要があります。